大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和46年(ワ)3089号 判決

主文

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

(一)  原告(訴訟代理人)

(1)  被告は原告に対し、金五〇八万円およびこれに対する昭和四五年三月一八日より完済迄年六分の割合による金員の支払をせよ。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

(二)  被告(訴訟代理人ら)

主文と同旨の判決。

第二原告主張請求の原因

一  (保険契約の締結)

原告は後記保険の目的である車を所有する者であり、被告は損害保険事業を営む者であるが、右原被告間において次のとおり、保険の目的につき保険事故が発生し、そのため保険契約者が法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害を填補する内容の保険契約が締結された。

(一)  当事者 (1) 保険者 被告

(2) 保険契約者(被保険者)原告

(二)  契約締結日 昭和四二年一二月一日

(三)  保険の目的 自家用普通乗用自動車(登録番号品川五せ三三八号)

(四)  保険事故 衝突、接触、墜落、物の飛来と落下、火災、爆発、盗取、その他偶然の事故

(五)  保険金額 いわゆる対人については金一、〇〇〇万円

(六)  保険期間 昭和四三年一二月一日午後四時迄一年間

二  (事故の発生)

前項記載保険の目的たる自家用普通乗用自動車につき、次のような事故が発生し、その結果訴外青島輝和が受傷するに至つた。

(一)  事故日時 昭和四三年九月一五日午前二時三〇分頃

(二)  事故場所 東京都渋谷区代々木二丁目九番地

(三)  事故車 自家用普通乗用自動車(品川五せ三三八号・保険の目的車)

右運転者 訴外大仁秀雄(以下訴外大仁という)

(四)  被害者 訴外青島輝和(事故車に同乗中)(以下訴外輝和という)

(五)  事故の態様 本件事故現場はそれ迄事故車が進行してきた道路と様相を異にし、歩車道の区別をするため、ガードレールが設置されているところであるが、事故車の運転者である訴外大仁は、自車前方を注視し障害物の迅速な発見につとめ、これらとの衝突等の危険を避けるべく安全な運転措置をとるべき注意義務を怠り漫然事故車を進行せしめていたため、前記ガードレールの存在に気付くのが遅れ、その直前ようやくこれに気付き、ハンドルを右に切つて衝突を避けようとしたが、及ばず自車の左側前部をガードレール先端に衝突させたものである。

(六)  被害状況 訴外輝和は加療二カ年以上を要した骨盤骨折、左股関節脱臼、尿道損傷、左右下腿挫傷の傷害を受けた。

三  (損害賠償責任の発生と損害額)

(一)  原告は事故車を所有し、訴外大仁を従業員として雇傭していたものである。従つて原告は事故車を運行の用に供していたものとして、あるいは使用者として、本件事故によつて損害を蒙つた訴外輝和に対し損害賠償責任を負担することになる。

(二)  本件事故によつて訴外輝和の蒙つた損害は、次のとおりである。

訴外輝和は本件事故によつて、前項(六)記載のとおりの傷害を受け、約二カ年に亘り入院加療して後ようやく退院を許されるに至つたのであるが、その間多大の加療費を要する一方、収入の途を失い、且つ、後遺症にも悩む身となつてしまい、精神的苦痛も甚大である。右損害のうち、治療費の全部と慰藉料の一部は自賠責保険金でもつて填補されたのであるが、その余の損害に当る休業損害、逸失利益と慰藉料の残額は、右自賠責保険金等で填補しえぬまゝ原告において賠償するほかないことになり、そのうち昭和四三年一〇月一日より昭和四五年一二月三一日迄の休業損害は毎月金五万円の割合で金一三五万円を昭和四五年一二月五日迄各毎月五日支払つたのであるが、逸失利益および慰藉料残額は、昭和四六年三月二三日東京簡易裁判所において成立した起訴前の和解によつて原告において訴外輝和に対し、うべかりし利益相当分八二万円、後遺症に対する慰藉料五二万円、精神的苦痛に対する慰藉料二三九万円との細目をもつて支払う旨定まつたのである。

四  (結論)

従つて、被告は原告に対し、第一項記載の保険契約にもとづき、前項の損害金合計五〇八万円を填補すべき義務を負うところ、被告はこれを履行しない。よつて原告は被告に対し右金五〇八万円ならびにこれに対する原告において損害の填補を求めた日より三〇日以降の日に当る昭和四五年三月一八日より完済迄年六分の割合による商事遅延損害金の支払を求めて本訴に及んだ次第である。

第三被告の主張

一  (答弁)

原告主張の請求の原因第一ならびに第二項の事実は認める。

同第三項(一)の事実については、そのうち、原告が事故車を所有し、訴外大仁を従業員として雇傭していたものであることは認めるが、その余の事実は否認する。同項(二)の事実は知らない。

同第四項は争う。

二  (抗弁)

(一)  原告主張にかゝる本件事故時の事故車の運行支配と利益は、原告に帰属しておらず、被害者である訴外輝和に属していたものである。即ち、訴外輝和は原告会社の取締役の地位にあり、本件事故当時、自己の用途のため原告の従業員である訴外大仁をして被害車を運転せしめ、自らこれを運行の用に供していたものである。そうすると原告は右被害者である訴外輝和に対し損害賠償の責はないことになり、被告は原告に対し保険契約にもとづく支払の義務を負わないことになる。

(二)  仮りに本件事故時の事故車の運行が原告の支配と利益のもとになされ、従つて原告が訴外輝和に損害賠償責任を負うとしてみても、原被告間の保険契約約款第二章第三条第一項第四号によると、被保険者の業務に従事中の使用人に対するその使用人の生命又は身体を害したことに起因する賠償責任を負担することによつて被る損害については、保険者は填補の責に任じない旨定められており、そして訴外輝和が被保険者の業務に従事し、その仕事について対価をえている者であると認められ、使用人といえる以上、やはり、被告は原告に対し保険金支払の義務を負わないことになるといわざるをえない。

いずれにしても、原告の本訴請求は理由がない。

第四被告の抗弁に対する原告の反論

抗弁事実のうち、訴外輝和が原告会社の取締役の地位にあること、原被告間の保険契約約款第二章第三条第一項第四号に原告主張どおりの定めがなされていること、は認めるが、その余の事実は否認する。

訴外大仁は原告会社の取締役の通勤その他の行動についてこれを送迎運搬する任務を負つていた者であるところ、本件は帰宅途上の訴外輝和を乗せ進行中惹起したものであるから、事故当時事故車が原告のため運行に供せられていたものであることは明らかである。

次に本件の被害者である訴外輝和は原告会社の取締役であつて、むしろ使用者に該当し、使用人とはいえないのであるから被告の仮定抗弁は理由がない。元来使用人であることを保険上の免責事由としたのは、使用人は労働者として労災保険の給付を受けうるため二重の救済を必要としないことにその主たる根拠がある。しかるところ、本件被害者は労働基準法第一〇条にいう使用者に当り労災保険によつて救済をうける立場にないのであるから、右保険契約約款上の使用人とはならないものとみなければならず、かく解さざれば、右免責事由は極めて不合理なもので、根拠を欠くものとなり終ることになろう。

第五証拠〔略〕

理由

(一)  原告主張請求の原因第一および第二項の事実、ならびに第三項(一)のうち、原告が事故車を所有し訴外大仁を従業員として雇傭していたものであること、は当事者間に争いない。

しかし、被告は、本件事故時事故車は被害者である訴外輝和のため運行の用に供せられていたものであると主張するので、この点について検討する。

〔証拠略〕を綜合すると、次のような事実を認めることができる。

原告は、建物の管理・装備・清掃および清掃用用具の販売ならびにこれに付帯する事業を目的とする株式会社であるが、訴外輝和は、右原告会社の代表取締役である青島文男の実子として、典型的ないわゆる同族会社に当る右会社において取締役の地位に就いていたものの、その実質は父が代表者として行なうビル清掃業を、対価を得て従事するというにあり、取締役としての報酬をうることなく、恒常的に連日出勤し、一般従業員と変らずビル清掃の業務に従事し、原告より右勤務に対する賃金を得ていた。その出勤に当つて、訴外輝和はその所有する自動二輪車を自ら運転し、往還に用いていたものであつて、原告側より車による送迎を受けることなど恒常化しておらず、原告としても、訴外輝和の通勤に供するため車あるいは運転手を用意したことなどなく、当時原告の保有していた自動車二台は、原告方車庫に格納しておくことを建前とし、原告会社より作業現場迄作業用具を積載して赴くことに用いられており、作業終了後は原告会社に戻し、従業員が自宅に持帰ることは通例なかつたものである。

事故発生の前日である昭和四三年九月一四日訴外輝和は、事故車を利用して、原告従業員である訴外大仁と共に清掃の作業に出掛け、同日午後一一時右作業を終つて原告会社にもどり事故車を置いて両名とも会社近くの飲食店に行き、翌一五日午前一時頃迄少量の酒類と共に食事をすませたのであるが、食後訴外大仁より知人の働いているトルコ風呂に行きたい旨希望があり、訴外輝和もこれに応じ、なんら代表者である父文男や車の管理責任者より、その旨の承諾をとることなく、原告会社より再び事故車に乗つて出発し、都内新橋方面にあるトルコ風呂に向つて出発したが、訴外大仁がその所在地を明確に記憶していなかつたため、目的地に辿り着けず、そこで目的を変更し、面識ある者がマネージヤーをしている都内五反田方面のトルコ風呂に赴くこととし、訴外輝和において運転を担当して同所に至つたものの、右マネージヤーが不在であつたため、再度計画を変更し、訴外輝和が当時居住する都内新宿方面のトルコ風呂を利用しようとして、事故車を走らせ五反田方面より新宿方面に向け進行中、都内目黒区で道路工事中の標識と接触事故を起したことから、訴外輝和より訴外大仁に運転を交替して後に至つた本件事故現場で、本件事故を発生させているのである(本件事故が訴外大仁運転中発生したものであることは当事者間に争いない)。

以上のような事実が認められ、〔証拠略〕は、乙第一ないし第三号証と対比するとき、その立場にとらわれ、事実を正確に反映していないものと考えられるので、これによつて右認定を覆えすことができず、その他右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によると、訴外輝和と訴外大仁が、新橋方面に向けて事故車を原告会社より乗り出した時以降は、事故車は原告会社の業務とは離れ、右両名の遊興のため運行に供されるに至つていることになり、事故当時、原告は、事故車の運行の支配と利益を失つていたことになるので、原告は訴外輝和に対し運行供用者としての損害賠償責任を負わないことになる。そのほか、本件全資料によつても、右認定のとおりの本件事故時の運行意図からして、これを原告の業務執行についてのものとはいえず、また原告に事故発生の原因となる過失があつたと窺うに足りる事由については主張も立証もないので、原告は訴外輝和に対し、損害賠償責任を負ういわれはない。

なお運行供用者責任については、人的関連ないし承諾とみなしうる行動が運行供用者とされる者と現実運行担当者の間に存した場合、なお運行の支配と利益を喪失しないとされることが多いのであるが、右は、かゝる内部的な関連を知りえない通行人あるいは他車搭乗者が被害者となつた場合の法理であつて、事故車の所有者の運行の支配と利益を自ら排除した者が被害者となつた場合にも、この理を適用することは許されないところである。

右のとおりであるから、原告は訴外輝和に対し損害賠償責任を負わず、従つて被告には損害の填補のため保険金を支払う義務は生じず、原告の請求はその前提を欠くことになる。〔証拠略〕によると、原告と訴外輝和の間には賠償金支払の和解が成立していることが認められるが、しかしこれをもつて、和解の当事者でもない被告を拘束することができないことは明らかである。

以上のとおり原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく、すべて理由がない(なお、前掲認定によると、訴外輝和は原告の使用人であつたわけであり、原被告間の自動車保険普通保険約款特約条項第二章第三条第一項第四号には、原告が原告の業務に従事中の使用人に対するその使用人の生命または身体を害したことに起因する賠償責任を負担することによつて蒙つた損害は被告において負担しない旨定めのあることは当事者間に争いないのであるから、仮りに本件事故時なお原告の業務に従事中であるとみうる要素があり運行の支配と利益が原告にあるものとして原告に損害賠償責任が生じたとしても被告にはやはり保険金支払義務は生じないので、いずれにしても原告の本訴請求は理由がない。原告は労災保険の対象者のみを右使用人とすべき旨主張するが、右主張は労災保険の救済を受けえない者はすべて私企業の負担において救済しようとする思想とつながることになり、保険事業が、保険事故を限定してとらえ、その発生しうる統計的数値を基礎とし、保険料その他が定められ適正な利潤を生むべきものとしてとらえられているところからしても、かえつて保険の正当な目的を逸脱させることになつて、当をえた見解とはいえないうえ、労災保険による給付が損害賠償額と完全に一致するものではないところを看過している主張であるから、これを採用することは一般論としても妥当でない。)ことになるので、これをすべて棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例